Posted by: ekwon22 | December 29, 2011

Homosocial Space in Sailor Moon

A really fun post from a blog on contemporary japanese literature:

[Sailor Moon] is a world where femininity is not something to be ashamed of, it’s the source of POWER. The girls don’t use their pretty clothes and jewels and compacts as playthings to impress men – these things are all weapons against evil, and powerful ones. They declare themSELVES pretty, needing approval from no one. Our hero possesses all the typical “chick” attributes – emotional, tearful, forgiving, loving, nurturing – and she uses these attributes to triumph and kick ass. She burns monsters alive with the purity of her love, sends out supersonic waves that shake the villains down when she bursts into tears, and her friendship and forgiveness is the most effective superpower one could ask for. The “girly” emotions and affectations are not something to be ashamed of or suppressed, but the source of the power these girls wield. They don’t have to imitate guy heroes at all or act “masculine” to be taken seriously – girliness is just as powerful.

Although someone like Saitō might see Sailor Moon as nothing more than a smorgasbord of tropes that can be endlessly combined and recombined to suit any male fetish, and although prominent critics such as Napier and Allison echo his reading, female readers find something entirely different in the series: they see a group of young women who fight not for the approval of a father or a boyfriend (or a male reader), but rather to achieve their own goals and ambitions. Moreover, they learn that being female isn’t something to be ashamed of; and, according to later developments in the series, neither is homosexuality or a transgendered identity.

Far from regurgitating the tropes of the magical girl genre, Sailor Moon creator Takeuchi Naoko overturned the conventions of both shōjo romance for girls and bishōjo fantasy for boys. Furthermore, the female fans of Sailor Moon aren’t invested in the series merely in order to lose themselves in fantasy (and spin-off merchandise), but rather because they find that the series empowers them to combat real-world problems directly related to the assumption that young women and the femininity associated with them exist only to please men. The fantasy created by Sailor Moon is not an escape from the gendered conventions and restrictions of reality, but rather a safe space in which these aspects of reality can be tested and challenged. Perhaps this is why Sailor Moon has appealed to so many women outside of its target demographic, and perhaps this is why it has appealed to so many boys and men as well.

AKB 48 (or is it 47?), a hugely popular girl-band in Japan consisting of over 40 girls, would be another great example of this, although I feel more sympathetic towards Napier and Allison at least with AKB

Posted by: ekwon22 | November 13, 2011

SLIFF- Steve McQueen’s “Shame”

 

The St. Louis International Film Festival (SLIFF) just began a few days ago, and already a handful of films from all over the world were screened at Tivoli (Loop), Plaza Frontenac, WashU, Webster, and other locations. Yesterday I went to see Steve McQueen’s new film Shame that’s due for release the first week of December. McQueen, a renowned UK-based media artist who generated buzz a few years ago winning the prestigious Turner Prize in the arts, is also active in film-making. His previous film Hunger, a depiction of Bobby Sands during the 1981 Irish Hunger Strike, catapulted both McQueen and actor Michael Fassbender into spotlight, for good reasons.

Although I’ve only seen one scene from Hunger–the long take of Bobby Sands in his prison–I had a strong impression from his unwavering confidence in both his actors and powerful, often haunting images he was able to capture. In the same veins, Shame, about a reserved but handsome New Yorker who suffers from sex addiction, is able to directly penetrate into the characters’ psyche without unnecessary, comforting filters. Fassbender’s and Carey Mulligan’s phenomenal performances in the film (in one scene, Mulligan has the whole stage to herself as she sings “New York, New York” to a crowd of socialites in an upscale hotel) will be talked about for a long time when the film receives wide release in December. It’s a deeply moving character-study, one that delves into its dark subject and reveals its not-so-pretty crevices in a subtle, understated manner.

Posted by: ekwon22 | August 6, 2010

緊張しない方法

8.5.10

私たちの始めての公演は創造館でありましたけど、成功だったと思います。太夫のマツオ・リュウゾウさんが教えてくれた演奏前自分の心を落ち着く秘訣のおかげでじゃないかと思います。その秘訣はてのひらに「人」の字を書いてそれを飲む振りをすること。観客に飲まれちゃう前に観客を飲むという意味です。正座のために緊張よりも足が痺れる苦痛が気になりましたけど、「観客を飲む」という堂々たる気持ちでみんな進んだからこんな結果が出来たと思います。これからも「獅子舞」、「お七」、そして「日高川」の演奏会が続けますけど、最後まで全身全霊をかたむけて進みたいです。

Posted by: ekwon22 | August 2, 2010

心の中をゆるがすチョウチョウ

8.2.10

最後の週が始まり、熱心に練習しなきゃならない段になりました。りんごん祭りは木曜日から日曜日までですけど、多くの人々の前シャミの演奏をするっと考えたら心が不安になります。もっと適当な表現として英語の「I get the butterflies」、それが今私が感じている気持ちです。シャミは最後まで弾けるようになりましたけど、確率100%になるまでには左手の人差し指の爪がすりむけるまで弾いとかなきゃならないかも。

世界では二種類の人たちがある:演奏前精神状態が地獄のようになる人たち、それとも演奏前恐怖感なしすっかり落ち着く人たち。僕は前の方の人たちに入っていますけど、小さな発表(スピーチとか、楽器とか)の時でも不安のあまり手が震えたり汗が出て手がびしょびしょなったりします。この問題については二つの 解決策があるみたいです:自分の環境にはかまわず演奏してることに集中する、それとも自分の環境を意識して観客の存在を受け入れる。昔ボーダーズの本屋さんでざっと読んでみた「The Art of Practicing: A Guide to Making Music from the Heart」(前置きはバイオリニストのメニューインが書きました)では観客の存在、そして囲まれている環境を意識しながら演奏してる瞬間を楽しむのが理想の音楽を作る秘訣って書いてありましたけど、このトピックについて自分の経験そして色んな意見を通じて調べたいと思います。

余談がちょっと長かったかもしれませんが、今日は二つのビッグイベントがありました。練習後のバーベキュー、そしてホールマン先生のカムバック。久しぶりのホールマン先生は相変わらず元気でした。みんなの士気を盛り上げるホールマン先生はちょうどういいタイミングで来てくれました。

いいパフォーマンスを見せれるまで、最後まで奮発しましょう!

Posted by: ekwon22 | August 2, 2010

ドン・コン、コン・ドン、カ!

7.31.10

今日はみんなが充実に頑張った日です。けさ8時から11時まで人形の練習がありました。三味線(一名シャミ)の最後の部分が読めるようになりましたけど、木下先生の早さで引けるためにはもっと練習するべき。2分にもならない音楽を引くこと出来て心の中喜んでいた私でした。

そして、午後には最初の太鼓の練習がありました。日本の残酷な電車料金のため(往復が1000円ぐらいなんて、旅行が終わると貧乏になっちゃうかも)太鼓をやる必要があるかどうか疑っていましたけど、太鼓の素晴しい練習後はみんな浮ついた気持ちで来てよかったって言っていました。頑張って過ぎたレイチェールは手にまめが三つも出来ました。 私たちはりんごん祭りの時小さい公演もすることになっています。

夕方は橋北夏祭りに言って私たちを教えていた先生たちの公演を見たり、2時間ぐらいの踊りマラソンに参加しました。演歌みたいな歌が二つ流れて、その歌のリズムに合わせて踊りました。真ん中には高い演壇があってその周りに円を作って歩きながら踊る。二つの曲のダンスを10回以上踊ったかな。まるで催眠術にかけられた感じがするほど、みんなゆっくり、一緒のリズムで行けました。

もういくばくも残ってない日々、今日のような日が続けるように頑張ることが今の小さい目的です。

Posted by: ekwon22 | July 30, 2010

母国語の喪失、悲しいや!

7.30.10

言語のニューアンスを教えることがどんなに難しいのかを感じた日です。韓国語を熱心に習っていらっしゃる川本美術館の職員さんは「連音」(例をあげて、”촬영“というときが次のㅇにつながって촤령に聞こえること)とかハングルの “” (ちびの意味の”꼬마“は大変),  ““などの発音がとても言いにくいのである。そして、日本人としては韓国語特有の、誰かとけんかしてるように聞こえる上がったり下がったりするイントネーションを難しがってるみたいです。母国語の韓国語さえ教えるのがこんなに難しいなんて。このごろになって韓国の本を読んで読解力を失わないようにしていますけど、やっぱり会話力を実際にしゃべらないとどんどん減っていくということを感じました。”の”という意味の””をほとんど常に”“と言ってしまう、そして韓国語に書いてある文章を声を出して読むと日本人の平らなイントネーションをつけて読んでしまう私。こういう段になると非常ベール、いやお七からのやぐらの鐘がカンカン響き渡すのが聞こえます。

Posted by: ekwon22 | July 30, 2010

シーユー、英語サロンよ!

7.28.10

私たちはリンゴ庁舎で毎週一回ボランティアで英会話を教えていますが、今日のが終わりで「英語サロン」とはもうさようならの時間になりました。みんな大きい円を作って”私が言った経験をしたことがあったら円の中に入る”のゲームをするとか、好きなものを書いて発表するとか、幼稚園でよくすることを大人たちと一緒にするのは面白かったと言えばアンダーステートマントかな。先生たちになった私たちが多すぎて半分のときは私たちだけで雑談することもある。でも少しでも英会話の練習が出来た日本人の方々がいると思えばやりがいのあるボランティアでした。学生たちよ、「シーユー」!(See you!)

Posted by: ekwon22 | July 30, 2010

ケ ブゥオナ!

7.27.10

一度も自炊生活をしたことがない私は自分で料理が出来るエリックがうらやましい。エリックは28歳でチェロキー・インディアンけいだけど、イタリア生まれなのでイタリア語がぺらぺら。そして、イタリア料理もできるけど、今夜彼のスパゲッティを食べて感激しました。ヴァージン・オリーブ油、メンチ肉、タマネギ、ピーマン、そしてモッツァレッラチーズの簡単な材料でこんなに気を失うほどうまい料理が出来るなんて。御馳走になって、彼のスパゲッティを四皿目まで食ってしまいました。

Posted by: ekwon22 | July 29, 2010

龍淵寺

7.26.10

パーワースポットに抱きついているエリック

パーワースポットに抱きついているエリック

龍淵寺(りゅうえんじ)のぼうずさんたちは私たち13人を喜びながら迎えました。毎年来る外国人の留学生たちを迎えるのはもう慣れているみたいでした。そこで私たちは写経や座禅をやってみたり、ぼうずさんたちと記念写真を撮ったり、穏やかなお寺の生活を乱すことに成功しました。今度もまた新聞からの記者さんが来て一生懸命私たちの色んなまずい試しを撮りました。

実は、観光するとか短い見学することをやって”日本の文化に近くなって来た感じがします”って言ったらそれはもっともらしい嘘。けれど、相手はそんな答えを言ってほしいからしようがない。やはりここに来て日本の(伝統)文化はこういうイメージだと心に刻印されたきっかけは人形浄瑠璃の研修、それと日本の伝統を重要視して芸術について深い愛着を持っている川本喜八郎人形美術館の職員たちと一緒にする時間です。

Posted by: ekwon22 | July 25, 2010

苦痛なくして楽なし

シナモンフレンチトースト

山奥に位置した昔の村の「大平宿」(おおだいらじゅく)で私たち13人は二泊三日間無事に泊まることが出来ました。時間はかまわずに、零下に近い温度の川で遊んだり (“You can’t enjoy life without pain!“と叫んだエリック)、目的地を考えずに森の中を歩き回ったり、深夜になるまで カタン(Die Siedler von Catanというドイツのボードゲーム)をしたり、休暇らしい休暇でしたけど、日本語はあんまり話せなかったのは残念。この三日間料理を2年間勉強したことがあるマットが頑張って鍋とかファヒータ(fajita)とか色んな料理をしてくれて、山奥で飢え死にするのはよけれました、幸いにも。

今日の午後は「大平宿」から下りて、英語幼稚園の夏のキャンプの手伝いをしました。英語幼稚園のキャンプは小山や丘や小さいカフェーがある、まるでテレタビーズ(Teletubbies)たちが住むところみたいな場所で行われました。すごくアメリカっぽくて、異国的なこんな場所で英語のキャンプをするという意志には、日本で英語の教育がどんなに重要視されるか感じとれます。韓国、日本、そして中国、どこでも英語の教育熱が激しいですが、学年が上がれば上がるほど教え方がでたらめになるということではないかと思われます。

サマーキャンプ

日本に来て子供たちと一緒にするチャンスがこんなに多くになるとは思わなかったんですけど、一緒にすればするほど気持ちが自然に楽になります。まるで心配事が全くない仏様たち(buddha) と時間を過ごす感じです。”いつか幼稚園の先生になりたい”って言ったレイチェールでした。

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